今はどの辺かな? 3月
- 3月1日:「鳥津漁港です」 11:20保内発、15:30鳥津魚港着、曇、漕行10km。昨日の雨が朝まで残りなにもかもが湿っぽい。晴たら干そうと思ったが晴そうもないので出発する、午後からは下り潮に乗ってすいすい行けるはずが、強い西風と大きな波が正面から押し寄せまるで前進しない、風波の勝、潮の負。しかしこれが大正解、ようよう鳥津港に上がったものの風が強くテントの張る場所に困っていると、魚協の人が、倉庫の一角を貸してくれ、石油ストーブをセットしてくれ、何か困った事があったら言ってくれ、最後にさざえ10個をくれました、今焼いてます、いただきま〜す。
二月のまとめ、漕行534km、漕行日23/28日、頂き物、ミカン、栄養剤二度、ワカメ、シラス干、鳥ももの燻製、さざえ、夕食、弁当、お風呂、宿泊所、神社参拝諸費用等々。こちらは温かく、桃、梅の花が咲き、その間を目白が飛びかっています。そろそろ冬の装備品も不用になりそうです。
- 3月2日:「明神漁港です」 12:30鳥津発、16:00明神着、晴、北西の風、漕行16km。朝食の支度をしていると近所の鳥津トクさん(86才)が呼びに来て、朝食と弁当とみかんを頂く。この地は数年前に漁師さんが鮫に襲われ亡くなった所です、先日まで歯形と食い込んだ歯が付いた船を置いてあったとの事。西の向い風が強いので出漕を見合わせています。こちらも風の止むのを待っていたからいいものの、次から次とギャラリーが集まり出発準備がなかなか進まない。魚協の人もみかんとタオルを四本くれる、積むスペースに苦労するもせっかくの好意なので頂く。風は弱まったものの岬の鼻の潮流はあなどれない。
- 3月3日:「大分県佐賀関につきました」 07:50明神発、13:00佐賀関着、うす曇、南の風、漕行28km。天気予報では夕方より大荒との事、天気が崩れる前に速吸の瀬を渡って九州入りを果たそうと気合を入れて漕ぐ、しかし海峡の中ばで南風が強まり、関あじ、さば釣の漁船が一斉に帰り始める、波と潮にもまれ難航していると、みかねた漁船が大丈夫か?と声を掛けてくれる、最初は大丈夫と強気でいたが、海況が悪くなり最後に声を掛けてくれた船は、危いから牽引すると言われ結局は残りの12km程を牽引してもらいました。これも旅の一興かと納得しています。風だけでなく雨も降って来ました。
洋上では風波の音エンジンの音で殆んど会話にならず、どこへ行く?佐賀関、これだけのやり取りで出発、私は臼杵側に行きたかったのだが船は別府湾の方向に向かう、この船の帰る方向なのだなと思い黙って引かれて行く、佐賀関港に着いたら、気おつけての一声でくるりと向きを帰って行くではありませんか、初めてわざわざ送ってくれたのだと気づきました。船長さんの名前を聞くことも名のる事も出来ませんでした。広貴丸さんありがとう。松山カヌークラブの皆さんお世話になりありがとうございました。浦安少年少女カヌークラブの皆さん元気か?
- 3月4日:「佐賀関便り第2号」 強風の為佐賀関にて停滞しています。坂ノ市にコインランドリーが在ると云うのでバスで30分位掛けて行ったのに閉店していました、帰りにバス待ちをしていたら大阪から来たと云う若者二人と会いました、電車を乗りついでの貧乏旅行だとの事、お互いに写真を撮り合いエールを交換して別れました。11:00頃一時風が止んだのでせめて反対側(地図を見て頂ければ分かりますが、佐賀関の先端は島の様になっており一番狭い所は歩いて10分位ですが漕げば二時間ほど掛かります)までと思い準備を始めたら又荒れて来ました。暴風雪注意報です、寝ます。
- 3月5日:「佐賀関便り第3号」 二日間暴風雪波浪警報で海は真白でした、九州に来て雪に降られるとは思いませんでした。今日はたまりかねて宿に入りました、そのとたん風も波も収まりました、濡た物を干し洗濯でもします。一昨日牽引してくれた広貴丸の船長、広瀬さんの家を魚協で探してもらいお礼に行って来ました。明日は良い天気になりそうなので津久見市保戸島に向かう予定です。
- 3月6日:「保戸島です」 08:10佐賀関発、14:30保戸島着、高曇り、漕行24km。昨夜はお世話になった方々にお礼の葉書と、写真を撮った人には写真を送る。今日午前中は風波なく順調に進むも、午後からは南の強い風が正面から吹き難航する。途中二隻の漁船に声を掛けられるも断わり頑張る、しかし保戸島から先はあきらめる。この島はほとんどの家が白い三階建てで、地中海の保養地を見ている様、そして島にめずらしく若い女性が多く、当然の事ながら子供も多くさん見かけました。港ではおばさんが鯵を釣りそれを餌に烏賊を釣っていました、私もやってみましたが駄目でした。
- 3月7日:「鶴見町大島・田野浦です」 13:30保戸島発、16:00大島着、黄砂曇り、漕行16km。今日はアドレナリンが体中に充満しました。テントが飛びそうな強風(撤収時本当に飛びました)なので午前中様子を見ていたら、進行方向への追い風、追い波が一定しているので出ました。これが間違い、出たら尚風が強くなり吹き飛ばされる様に大島へたどり着きました。波に乗ると一気に300m位も突っ走りこのままハワイ当たりまで行ってしまいそうな感じ、それはそれで快感なのですが心臓はドキドキ、頭の中は沈に備えてロールの手順の復習。島では公民館に泊めて貰い風呂と夕食を館長さんに頂きました。
- 3月8日:「大島の向かいの梶寄浦です」 10:20大島発、12:30梶寄浦着、晴、西の強風、漕行3km。九州は私を歓迎してくれません、今日も海上強風注意報、昨夜泊めてもらった公民館の古川館長が、梶寄浦を越えれば風裏になるから凪いでるよ、と云うので出たのですが梶寄浦を回った所で真向からの強烈な西風、6km程進んだ所でついに前進不能どころか戻される始末、3km程戻った無人の崖下のわずかな砂利浜で野営です。山笠見たいな小型の貝を採ってたべました生の方が美味でした。島の標語を紹介します、「狭い道、リヤカーチャリンコ徐行運」、役場の前に大書されてます。川崎、蔵本氏に連絡ok
- 3月9日:「蒲江町元猿です」 09:25梶寄浦発、15:30蒲江町着、晴、漕行22km。昨夜23時頃小用に起きたら潮が一杯に引いていたので磯遊をしました、収穫ゼロ。昨夜の風がまだ残っていましたが、野営もあまり居心地が良くないので出発しました。昨日超えられなかった所をなんとか越え、斜角を取って漕ぐも漕ぎ、進む距離より風で流される距離の方が長い位、風の方向も私の向かう方向から何時も吹いている、まったく大分は風の県かいな、全国的な寒の戻りだから止む得ないか。蒲江町の研修及体育館は立派なものです、夏にはカヌー教室も開れるとの事、又マンボウのプールも有、プールにはマンボウがたくさん泳いでいます。ここでお風呂、充電、洗濯のお世話になりました。キャンプ地も芝生の上、東屋も有り水もありグットの所です。村田さんへ、原口さんと連絡をとりました、私は四月六日から八日の間は娘の三回忌で帰ります。澤地さんへ、日向の田中さんへ電話しました、宮崎の蔵本さん山本さん鹿児島の川崎さん長崎の後藤さんには追い追い連絡を入れながら進みます。木村部長、稲崎&飯島副部長、井田広報担当、いつも激励ありがとう、皆をまとめてカヌークラブの発展に頑張って下さい。
- 3月10日:「蒲江町波当津です」 08:40蒲江町元猿発、15:30蒲江町波当津着、晴、漕行16km。二時間漕いで風と波の為一時間で元の所に戻り、腹ごしらえをして出直し、結局は同じ町内の波当津に上がりました。日向の田中さんからの連絡によると延岡は穏やかだとの事、今通りかかった漁師さんに聞いたら、ここが一番波風の強い所で、ここを過ぎたら楽になる、この時期の大分は波風の立たない日は無いとの事。今居る所はきれいな砂浜で人家も無く鴬が鳴いてます、きっと村田さんが上がった蒲江町でしょう、私が昨夜居た所は白い大きな体育館が有りスーパーも二軒有りました。
- 3月11日:「日向に着きました」 08:05波当津発、16:00日向着、曇り、漕行40km。九州に入って初めて波風の穏やかな一日、お陰で日向まで一気に来られる。早速、田中さんのお宅にお邪魔し洗濯、お風呂、夕食、充電といつものパターンでお世話になり泊めて頂く。あちこちでお世話になるうちにだんだん遠慮が無くなり図々しくなっている様だ、反省。田中さんもテルクワを使用しているとの事、長距離にはこの船が一番と意見が一致する。それにしてもこの細島港は細長い、こんなに奥待った深い入江もめずらしい、明日またここから出て行くのが面倒になる。
- 3月12日:「川南町です」 09:10日向発、16:00川南着、曇り、漕行32km。田中さんに見送られて出発、北西の軽い追い風を受けて快調にスタート、リニアカーのテスト線に添って一路南下、都農町の海岸にサーファーが喜びそうな大きな波がブレークしている、あんなのに巻き込まれたら大変だと思い沖合500m位にコース変更、もう安心と思っていたらまだ甘かった、ハッと気がつくと左側に大波が立ち上がっている、ローブレースで何とか沈はまぬがれる、続いてもう一発これも何とかこなし、三発目は真正面に迎えて反対側の空中に飛び出す。お陰で頭からずぶ濡れ、油断大敵でした。
- 3月13日:「宮崎です」 07:50川南発、14:00宮崎着、晴、漕行28km。今日で三日間好天順調に距離を伸す。途中一つ瀬川口の波は不規則で難航していると、通りがかりの漁船が心配して声を掛けてくれる。ここで宮崎の蔵本さんがカヤックで迎えに来てくれる、それから一緒に漕ぐもとても速くてどんどん離されるばかり。宮崎港では山本さん森さんが迎えてくれる、蔵本さんのアパートにお世話になる。夜は大宴会となり今(22:30)終わりました。
- 「宮崎の蔵本さんの家です」 佐土原まで蔵本さんに迎えに来てもらい一緒に宮崎まで漕ぎました。とても速くてついて行けませんでした、今蔵本さんのパソコンで皆様の応援メッセージを拝見しています。こんなに多くの方々の応援を得ながら好きな事をしているのだから私わ幸せ者です、明日からもあまり頑張らずに旅を楽しみますのでよろしくお願い致します。・・・・カヌークラブおしゃべり広場
- 3月14日:「冨士です」 09:30宮崎発、14:30冨土着、曇り、南の風、漕行20km。蔵本さんに送られて出発、風波とも無く順調なスタートを切るも一時間ももたず、以後は強い南風に向かってじりじりと進む、最後の6kmは二時間半もかかる、冨土魚港のトロン温泉の看板を見かけたのでさっさと上がる。それにしても通信技術の発達は凄い、私のホームページを見たと云う人からの連絡が絶えない。宮崎シーライオンの皆さんありがとうございました。男前、気風よし、経済力有り、こんな蔵本さんを宮崎の女性はなぜほっとくのか、クラブ員も全員協力すべし。蔵本さん飲み過ぎないで下さい。
- 3月15日:「鵜戸です」 08:05冨土発、10:10鵜戸着、晴、南西の風、漕行8km。宮崎も最後までは甘くなかったです、今日も南西の風で鵜戸の沖合で難航していると、漁帰りの第五正福丸さんが、この先は危険だからダメ!とレフリーストップが掛かりました。私自身もそろそろいっぱいかなと思っていたので従いました。そして鵜戸神宮をしっかり見学してきました。神武天皇の父が主祭神との事、さすが神話の国神話と古代の歴史が渾然一体となって身近に有ります。澤地さん応援メッセージに対応仕切れず失礼しています、当方携帯電話だけなのでメールを見て頂ける様流してください。
- 3月16日:「黒木です」 07:40鵜戸発、15:10黒木着、曇り、北東の風、漕行40km。宮崎も最後の日は追い風で気持ち良く送り出してくれました。築島で漁師さんに風と潮を聞くと、追い風と下り潮との事、一気に都井岬を越えてしまえと久しぶり頑張って黒木迄来ました。今雨が降って来ました、明日も降りそう、水もトイレも人家も無い寂しい漁港での停滞になりそうです。さすが南の国、南国らしい濃い緑の中に山桜が咲き、鴬が鳴き交しています。田舎の古い家の庭先に、手入れの行き届いた庭木や草花を見るのは気持ちが和みます。澤地さん沖縄からのお帰りは何時?
今21時、志布志の日高さんと天水さんが差し入れ持参で駆けつけてくれました。明日は志布志町へ拉致されそうです。
- 3月17日:「黒木便り第2号」 雨と風の為停滞しています。一晩中豪快に降り続き、テントの中でマットごと浮いています。午後から多少晴れて来たので装備品の乾燥に当たり、何とか乾燥したころ又小雨です。乾燥してる間に、カラスにマヨネーズを取られました。龍丸の田里さんが都井の野生馬と灯台に案内してくれました。夜は志布志町の日高さん天水さんに拉致され、志布志マリオンの方々と楽しい一時を過ごしました。今晩は天水さんの家にお世話になります。
- 3月18日:「串間です」 09:00黒井発、14:00串間着、晴、西の風、漕行15km。天水さん父子、南日本新聞の原田さんに送られて出航。志布志湾横断を目指すも西の向い風強く断念、湾奥を目指すも湾からの吹き出し風が強く難航する。結局また天水さんに迎えに来て貰う。カヌークラブの面々も海に出ていたので皆で大黒温泉に行く、志布志湾を一望に出来るきれいな温泉。夜は昨日とメンバーが入れ替わり、三和さん下平さんが入り焼き肉パーティとなる。同じ町同じ家へ二日続けてお世話になるとは思いもしなかった。明日は何としても湾を横断し内之浦のロケット基地を見たい。
- 3月19日:「内之浦町船間漁港」 15時過ぎ船間漁港着・・・・・・ **『くまきち』さんからの報告です。**ケイタイの電波状況が悪く、昨夜は連絡が取れませんでした(管理人)
「船間です」 07:55串間発、16:00舟間着、晴、漕行40km。天水さんに送られ串間を出漕する、志布志湾から吹き出す北西の風が相変わらず強く波も高い。約三時間半かかり湾を渡り大隅半島の陰に入ってしまうと、無風ベタ凪の春の海を快調に漕ことが出来ました。昨日も志布志湾でも見ましたが今日も海亀を見ました、まだ小さい飛魚も二匹飛んでいました。それにしても天水さん日高さんまたクラブ員の皆様二日も続けて本当にありがとうございました、皆さん良く食べ良く飲み豪快に酔う、お陰で楽しく過ごさせて頂きました。舟間は電波不良に尽き一日遅れの連絡です。
- 3月20日:「佐田岬の田尻・着」 **『天水』さんからの報告です** **『くまきち』さんからの報告もあります(管理人)
「田尻です、佐田岬最先端」 07:45舟間発、15:00田尻着、曇り後雨、漕行38km。入江入江の入り口では吹き出して来る北西の風があったものの他は無風ベタ凪、飛魚の飛ぶのを見ながらのんびり漕ぎました。14:00頃から雨となり視界不良となり佐田岬を超えてしまうところでした。幸いここでは公園施設の屋根の下にテントを張る事が出来ました。昨日の舟間もここも携帯の圏外ですのでこのメールも一日遅れになるかも知れません。もう電池もありません。20:30又も天水、日高両氏にビールと食料の差し入れと共に襲われる、深く感謝。
- 3月21日:「伊座敷です」 07:55田尻発、11:30伊座敷着、晴、北の風、漕行16km。佐田岬の潮流もけっこう速かったが思ったより簡単にパスする。岬を回り込んでからが北のかぜとなり、おろし金みたいな三角波の連続で漕ぎづらい事おびただしい、黄砂の影響か見えるはずの薩魔半島が見えない、伊座敷に早上がりし昨夜濡た装備の乾燥と衣類の洗濯の為国民宿舎に止まる。大隅半島は思いのほか順調にクリア出来たが、どこも携帯の圏外でちと不便ではあるが、考えて見ると数年前はこれが当たり前、科学技術が進みすぎての自然破壊は困るがITの発達は素晴らしい。
- 3月22日:「頴娃(えい)町です」 09:20伊座敷発、16:00頴娃着、晴、黄砂、漕行28km。黄砂の影響で視界不良、10km程先の薩魔半島がまるで見えない、黄砂の影響がこんなに強いものとは知らなかった。それだけに開門岳が突然目の前に現れた時はそのボリュウムに圧倒される。その海岸線にそって漕いで行くと、何度かの噴火の跡だろうと思われる地層が九層に渡って見える。開門岳を回込むと南の強い風が吹き込み嫌な三角波が立ち難航する、しかしさすが南の国半袖で寒さをかを感じない、そろそろ夏装備に切り替えよう。舟間でもここでもローリーさんと梅田さんの組が停滞したと、
- 3月23日:「黒瀬(野間岬手前)町です」 07:20頴娃町石垣港発、14:10黒瀬着、曇り、黄砂で視界不良、漕行38km。坊ノ津の灯台下の潮流さえ無ければ、春の海のたりのたりの穏やかな一日、カヌーを始めた時にゆるやかなうねりに揺られ、母の胎内に浮かんでいた時を思いましたが、今日再びそう感じました。その他いろいろ、磯渡しの「あらいそ丸」からお茶とコーヒーの洋上補給有り、一人旅の80才のおばあちゃん佐田岬のホテルを住まいとし九州中を全てタクシーで観光との事、珍しいクラゲ2体、極太の茶色の様なクラゲ、王冠の様な奴とてもきれい。 このメールを打つのに山の上迄来ました。九州南端の地は携帯の繋がりが悪く不便。鹿児島の川崎さんともうまく連絡が取れずまだお会い出来ていません。又、こちらの漁港は天然の地形を利用したものが多く、発見しずらく舟間の時は4kも行き過ぎるし、昨日は手前の川口に入ってしまうし、今日の様に視界が悪いと釣船等に何度も聞いて確認する、港の位置が分かっていても出入口が分からない時があるが、漁船の出入りを観察して確認します。しかし視界が悪いとそれも出来ず神経を使います。山の植生も海の生物も言葉も変わり、遠く来た感じが強くします。日が出たら熱く感じる様ます。
- 3月24日:「加世田市小湊です」 08:00黒瀬発、14:00小湊着、晴後雨、黄砂、漕行25km。黒瀬は二年程前に麻薬の大取引が摘発された地との事、廃屋が三軒のみの寂しい所、さもありなんと納得できる。野間岬を越えるまでは無風ベタ凪、これなら串木野市迄行けるかなと思ったが、岬を越えた途端に東の風が強くなり小湊へ目的地を変更す。ここで川崎さんに迎えてもらい、温泉、夕食を頂く。3/21の南日本新聞に私の記事が乗り、お陰であちこちで新聞に乗っていた人ですねと声を掛けられ新切にしてもらっています、今朝も取り立ての鯵を三匹頂きました。雨激しく明日停滞予定です。
- 3月25日:「小湊便り第2号」 雨と北西の風の為停滞。朝、魚協にみずを貰いに行くと紋甲イカを一ぱい頂く。09:20川崎さんが迎えに来てくれ、まずはコインランドリーに案内して頂く。川崎さんはモバイル使いの名人、ホーム頁も三つ持ちその情報網の多さや、それを通じての交際の広さに驚く。又、フルマラソンを何度も走られたとの事、タフなお人と感心する。私の留守の間に夕飯を差し入れてくれた寺園さん、ありがとうございます。失礼ながら私はどちら様か存じません、御連絡願います、又知っておられる方がおりましたら教えて下さい。風が増増強くなってます。
19:30近所の(有)マルカ水産の社長さんが、明朝は16mの北西が吹いて危険、うちの事務所に泊まりなさい、と迎えに来てくれる。テントの運命はテントにまかせて早速社長室に移る、感謝!
- 3月26日:「小湊便り第3号」 天気晴朗なれど波風強し。本日は時化(しけ)の為休業との事にて、朝からマルカ水産社長室を利用させて頂く、テントは強風の為徹収不能、何かが飛んで来て当った様で鍵裂きが一個所、ガムテープで補修する。幸い天気はグットなので普段洗えない物も全て水洗いし乾燥させる。16:00
鹿児島シーカヤッククラブの福永さん来てくれる、眼鏡の調整して頂く。18:00
マルカ水産社長宅へ呼ばれ、お風呂、新しい下着、そして焼酎と夕食を頂く。22:30社長室に戻りました、寝ます、おやすみなさい。
- 3月27日:「串木野?」 今朝7時前に、小湊発、串木野方面を目指して出航されたようです。**またまた、ケイタイの電波状況が悪いようで、昨夜は連絡が取れませんでした(管理人)
「川内(せんだい)です」 06:45小湊発、16:30川内着、曇り、漕行52km。早立ち、無風ベタ凪、厚くもなし寒くもなしの好条件の中、この旅に出てから初めて52kmという距離を漕ぎました。川内に着くとすぐ昨夜のマルカ水産さんの連絡により、当地の小倉水産の川添専務に迎えられ自宅へ案内されました。中一の息子さんとパソコンで囲碁を楽しみ、奥さんの手料理を楽しみ、芋焼酎に話がはずんでいるうちに送信を忘れていました。明日からも各地のシラス業者さんへリレーされそうです。 村田さんへ、ボンベとコンロを繋ぐホースのoリングです。英語の大文字を打つには?
- 3月28日:「長島の東町です」 07:30川内発、17:00東町着、曇り後晴、漕行40km。鹿児島より川崎さん野本さんが、わざわざ見送りに来てくれる。川添ご夫婦と従業員の川内美人大勢に見送られて出発。昨日と同じく絶好のコンディション、八代海の入り口、黒ノ瀬戸まで順調に来る。反流を利用して上ろうとしたがとんでもない、アッと云うまに押し戻されました、この時は自分でなく回りの景色が動いて行く不思議な錯覚を経験しました。そうそう瀬戸の入り口でイルカが波と戯れていました。た南日本放送が取材してくれました。そして龍神水産さんにお世話になっています。いきさつは次回に・・・・。
黒乃瀬戸でイルカの取材をしていた南日本放送の赤木カメラマンが、黒乃瀬戸(日本三大潮流の一つ)の潮流に逆らって漕いでいるカヤッカーがいるとの事で、私が上陸し龍神水産さんにお世話になるところで取材を受けました。そして、この龍神水産の社長が凄い、一見は縁無し眼鏡を掛けた優しい感じなのですが、飲む程に酔う程に談が進み、学生時代の暴れ具合、京都へ奥さんを貰いに行った話、銀行や警察との駆け引きの話し等、まるで劇画中の若大将そのもの、現代にまだこの様な人がいたのかと嬉しくなってしまいました。詳細はいずれまた。
- 3月29日:「熊本県新和町天附です」 08:15東町発、14:00天附着、晴、北西の強風、漕行24km。龍神水産邑山社長の見送りと、フリーTVカメラマン赤木さんの取材を受けながら出発(放映されたテープは送ってくれるそうです)。邑山社長の奥さんは一緒に漁にも出るし五人の子供の母とは言うが、とてもそうは見えない京都美人。北西の強風ではあったが内海なので風裏を利用すれば行けるだろうと頑張ったが、本日の目的地本渡市には届かず少し引き返した天附魚港に入るもスロープが無く船を上げるのに苦労する、五日ぶりのテント泊。今日もイルカを見たが漁師さんには魚を横取りされると不人気。
- 3月30日:「富岡港です」 07:15天附発、14:10富岡港着、晴後曇り、漕行36km。午前中は春眞ッ盛りという長閑な海、通詞島手前から急変
、西の強風に襲われる、しかしその後僅に弱まった隙に一気に富岡に上陸、ここでウォーターフィルドの山本さんに迎えて貰い、熊本の工場へ行き船の修理点検をお願いする。富岡から熊本まで100km途中通詞島の温泉に入り、天草五橋の景色を楽しみ、有明海の5mもの干満の差に驚く。今夜は水野社長の家に泊めて頂いています。この間に浦安に帰り、娘の三回忌を行い4/9より再開予定です。応援して下さっている皆様よろしくお願い致します。
- 3月31日:「3月のまとめです」 漕行651km、漕行日25/30。受けた親切、宿や頂き物、泊11回、さざえ10個、弁当や夕食七回、タオル六本、鯵、イカ、ミカン、苺、玉ねぎ、きゅうり、からしな、ビール、コーヒー、風呂、牽引1回、安否確認や激励の言葉多数(保土島〜大島間では定期船がわざわざ引き返して来て、大丈夫か?と声を掛けてくれる)。
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